「任せる」の前に、引っ張る段階があった
前回、私は目標を渡しているつもりでタスクを渡していた、という話を書きました。任せられない理由を掘っていくと、判断の材料になる情報を自分が出していなかったところに行き着いた、と。
ただ、情報を出せば人が動き出すのかというと、そう簡単ではありませんでした。読んでいる本にも、授業で扱うケースにも、その先の設計の話が続いていて、そこがむしろ本題でした。
そして考えているうちに、自分がいちばん間違えていたのは順番だった、ということが見えてきました。
境界線がないと、人は動けない
前編で触れたケン・ブランチャードらの『社員の力で最高のチームをつくる ―〈1分間〉エンパワーメント』に、川と土手の比喩が出てきます。土手があるから、水は勢いを持って海へ向かえる。土手を取り払えば、水は広がって力を失う。自由も同じで、境界がないと人は動けない、という話です。
具体例として挙がっているのが、予算を組むスキルがまだない相手への渡し方でした。「予算は任せた」と丸ごと渡すのではなく、支出の限度額を決めて、そこまでは自分の判断でよいと示す。スキルが伸びるにつれてその線を広げていき、こちらの関与を段階的に減らしていく。
ここを読んで、自分の「お任せします」がいかに雑だったかを思い知りました。
どこまでが本人の裁量で、どこからが相談すべき領域なのか。その線を引かずに渡すと、相手は安全側に倒して確認ばかりするか、踏み込みすぎて事故になるかといったことが起きやすくなります。
私が「相談が来ない」と感じていた場面の多くは、相手が遠慮していたのではなく、相談すべきかどうかを判断する基準を持っていなかっただけでした。
境界線というと制約のように聞こえますが、逆でした。何を守るかが決まっているからこそ、それ以外の領域で思い切り動ける。境界が曖昧なままでは、自由に動いていいと言われても動きにくくなります。
「していいこと」の側から書いてみる
いま、新しく加わってくれる方を迎える最初の場を、一から作り直しています。そこでいちばん時間をかけたのが、この線の引き方でした。
やってみて分かったのは、「してはいけないこと」を並べても線にはならない、ということです。禁止事項は、その外側が自由なのか未定なのかを教えてくれません。
だから逆から書くことにしました。日程の調整と候補者への返信文面は自分で決めていい。書類選考は、基準に沿った可否の判断まで決めていい。そういう書き方に全部直しました。
そのうえで、決めていいことの横に、それを支える材料を必ず並べています。判断の基準そのもの、過去のやり取りの記録、迷ったときにすぐ返す窓口。
権限だけを渡すと放任になり、材料だけを渡すと手足になる。両方が対で置かれてはじめて、線として機能するのだと思います。
必ず相談してほしいことは、3つだけに絞りました。条件と料金の回答、想定外の依頼への回答、トラブルの初動。それ以外は決めていい側に倒してください、と書いています。
3つに絞るのは怖かったです。ただ、増やせば増やすほど、相手は自分で決める練習ができなくなります。
同じ考え方を、会社が約束することと、こちらからお願いすることの対にも広げました。自由を差し出すなら、対になるのは責任。成長の機会を差し出すなら、対になるのは言われた範囲で止まらないこと。
前回、自分が「求める」「与える」という言葉ばかり使っていたと書きましたが、対で並べる形にすると、その言葉を使わずに書けます。書けるようになって初めて、自分の前提が少し動いた気がしました。
順番を飛ばしていたのは、私だった
ここからが、いちばんの学びです。
情報を出して、線を引いたら、あとは任せればいい。少し前の私なら、そう考えていたと思います。実際には、その手前に、こちらが引っ張る段階が要りました。
いま整理しているのは、3つの段階です。
最初は、こちらが前に出る段階。必要な情報を開示して、考えられる土台を作ったうえで、型を実物で見せながら引っ張ります。情報を受け取っただけで、自分で目標を立てられるとは限りません。
次が、移行期。主体が相手に移り、こちらは伴走に回ります。進め方は本人が決めて、こちらは事前に見たり、詰まったところを一緒に考えたりする役割になります。
最後が、運用期。目標やKPIを本人の側から立ててもらい、こちらはその期待値と品質を見る側に変わります。前回書いた、タスクではなく目標で任せる形に、ここで近づいていきます。
書き出してみると当たり前に見えるのですが、私はこの順番を飛ばしていました。
経営をやっていると、どうしてもスピードを求めます。早く自走してほしい、早く任せたい。その気持ちのまま、最初から最終段階の渡し方をする。そして動けないのを見て「まだ早かったか」と勝手に落胆する。
相手からすれば、材料も型も渡されないまま、結果だけ期待されている状態です。求めすぎていたのは、相手の成長速度ではなく、自分の期待の速度のほうでした。
もうひとつ決めたのは、段階を移すときは必ず宣言することです。黙って関与を減らすと放任に見えるし、黙って増やすと不信に見える。いまどこにいて、次にどこへ動くのか。それを言葉にして渡すところまでが、渡す側の仕事でした。
期間は決めていません。1ヶ月目、2ヶ月目、と区切って書きかけて、やめました。人によって速さは違いますし、こちらの都合で線を引いた瞬間に、また相手ではなく自分のスピードの話に戻ってしまうからです。
授業の事例に重なった、自分の順番
別の授業で、ユニリーバの変革をチームで議論しました。変革の段階を並べたうえで、それぞれが7Sのどの要素にあたるかを書き込んでいく、という作業です。
7Sは組織を7つの要素で捉える枠組みで、戦略・組織構造・システムをハード、人材・スキル・スタイル・価値観をソフトと呼びます。
書き込んでみると、変革の前半にはハードが集まり、後半にはソフトが集まりました。そして解説で腑に落ちたのは、前半は経営者自身が前に立つ段階で、後半は人に任せて支える段階だ、という点です。
この事例で私が捉えたハードからソフトへの移行は、リーダーの関わり方が「引っ張る」から「支える」へ変わることと、表裏一体でした。
自分の順番の話にも、重なるものがありました。仕組みや情報や役割の定義は、こちらが決めて開示しきる仕事です。曖昧なまま「あとは任せた」と言われても、動きにくいはずです。
一方で、スタイルや価値観は、時間をかけて育つものです。ここを号令で変えようとすると、精神論になります。
変わるには時間がかかる、という前提を持っておく
ブランチャードの本にも、この文化を作るのは1日でできることではない、と正面から書かれています。授業で読んだ企業の変革も、長い時間をかけて進んでいました。短期の成果だけでは、見えない変化があるのだと思います。
私は自分の会社のこととなると、どうしても数ヶ月単位で結果を見ようとします。ここは意識して時間軸を変えないといけない領域だと思っています。
情報を出し、線を引き、まず自分が引っ張り、それから少しずつ渡していく。並べてみると、どれも派手さのない作業ばかりです。
エンパワーメントという言葉から受ける印象とは、だいぶ違いました。優しさでも放任でもなく、地味な設計と、待つ時間の積み重ねだった。
いま作っているものが正しいのかは、まだ分かりません。ただ、「なぜ任せられないんだろう」と相手を見ながら悩む時間は、もう必要なくなりました。見る場所が、こちら側に変わったからです。
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